仕事や遊びが単調になってきていると感じる人や、何かモゾモゾとした閉塞感を感じている人は、ぜひ読んでほしい。背中を勢いよく蹴飛ばしてくれる良書。僕も蹴飛ばされました(笑)
最終章冒頭に「これまでの章のタイトルはすべて、『あなた自身に許可を与える』としてもよかったのです」とある通り、著者のティナ・シーリグは本書を通して繰り返し私たちに「許可」を誘っている。たしかに20歳の頃に読んでいたら一番良かっただろうが、何歳になってからでも、読めば背中を蹴飛ばされるだろう。
仕事や遊びが単調になってきていると感じる人や、何かモゾモゾとした閉塞感を感じている人は、ぜひ読んでほしい。背中を勢いよく蹴飛ばしてくれる良書。僕も蹴飛ばされました(笑)
最終章冒頭に「これまでの章のタイトルはすべて、『あなた自身に許可を与える』としてもよかったのです」とある通り、著者のティナ・シーリグは本書を通して繰り返し私たちに「許可」を誘っている。たしかに20歳の頃に読んでいたら一番良かっただろうが、何歳になってからでも、読めば背中を蹴飛ばされるだろう。
この本を読み終わった後、新聞の購読をやめた。とくに近頃のネガティブなニュースの多さにはうんざりしていて、「暗いニュースばかり読んでいると、脳がだんだん不況を学習してしまう(p.40)」という本書の言葉が、解約の後押しになった。政治家を批判ばかりしていても、プレイヤーは変わるかもしれないが、システムは改善されない。
願望は実現せずに予感は実現する(p.68)
本書で一番印象深かったのがこの言葉。そしてこの「予感」を発生させるキーワードが「かも」。たしかに、できるかもと考えた方が、できるようになりたいと考えるよりも、実際にできそうな気がする。その理由も、本書に書かれている。
著者は、日本語を「論理的に」使えるようになることが、外国語を上達する近道になると主張している。昨年から習い始めた英会話教室の先生も同じことを指摘されていて、「察し」という日本の文化をそのまま持ち込むと、外国語を使いこなせるようにはならないと、毎週叩き込まれている。僕はまだ英会話を習い始めて一年にも満たないが、例えばCNNなどを見ていると、日本のニュースとは違う、明確な論理性を確かに感じる。
欧米の言語教育課程では、一般的に二つの言語「技術」が含まれるそうだ。